螢川/宮本輝を読んで ~死と生命の誕生の対比が描かれた作品~

ー手に取った理由ー

高校時代の読書感想文の題材だった本。

今ならどんなことを思うのだろうと思って読んでみた。

ーあらすじー

ようやく雪雲のはれる北陸富山の春から夏への季節の移ろいのなかに、落魄した父の死、友の事故、淡い初恋を描き、蛍の大群のあやなす妖光に生死を超えた命の輝きをみる芥川賞受賞作。(本書より)

ー著者ー

1947(昭和22)年、兵庫県神戸市生れ。追手門学院大学文学部卒業。
広告代理店勤務等を経て、1977年「泥の河」で太宰治賞を、翌年「螢川」で芥川賞を受賞。その後、結核のため二年ほどの療養生活を送るが、回復後、旺盛な執筆活動をすすめる。『道頓堀川』『錦繍』『青が散る』『流転の海』『優駿』(吉川英治文学賞)『約束の冬』『にぎやかな天地』『骸骨ビルの庭』等著書多数。(本書より)

ー全体を通してー

~死と生命の芽吹きが描かれている~

主人公の父親が死や未来ある友人の突然の死、一方で主人公は立派な一人の人間として扱われ始めている。

また、主人公の父親の死の後に交尾の為に集まった螢の大群を見に行く。

螢の光は生命の象徴でありこれから生きていく主人公や、大黒柱のいなくなった生活を憂いている主人公の母千代の心を勇気づける役割を果たしているのではないか。

ー感想ー

~千代の元夫に感じる違和感~

主人公の母千代は今の主人公の父親と結婚する前に既に結婚していた。

その元夫がいやだと思う理由の描写がある。

その理由の一つは、元夫は大酒のみで飲んだら暴力を振るう。しかし、酔いが覚めると非常に腰を低くして謝る。

そしていつもは花を活けて心を落ち着かせるというものだ。これは何となく分かる。を活けるなどきれいなことをしているのに酔っ払うと家族に暴力を振るうような外道になってしまうのだ。

一人の人間がここまで相反する2面性を持つことに違和感を感じてしまうのだ。

たとえ酔うと暴力を振るう夫でもしらふの時に花を活けたりしなければそこまでの嫌悪感を抱かなかったのではないだろうか。

~かたわ~

不完全なものという意味で使われている。

源氏物語の頃から使われている言葉らしい。

なんか差別的な言葉という印象をうけるのは気のせいか。

~泥の川と同様に映る人生の儚さ~

かつて隆盛を極めた主人公の父が病死し、未来に向かって反発しながらも生き生きと生き来た友人も突然死ぬ。

泥の川と同様暗い雰囲気の作品だ。

しかしこの作品は螢の光によって最後には希望が訪れる。

しかし螢自体の命もそんなには長くないのだ。

主人公の家庭での出来事は作者の10年に渡る実体験が反映されているらしい。

大変な人生を送ったのだなと思う。

同時に、そのような人生だったからこそ今作のような作品が書けるのかなとも思う。

ーまとめー

はかなく消えていく命と生命の輝きを対比した物語。

作者の人生に起こった悲劇10年分を1年に凝縮した話らしい。

同本掲載の「螢川」についての感想もよかったら読んでください。

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする