カッコウの卵は誰のもの/東野圭吾を読んで~自分の生き方は自分で決める~

―手に取った理由―

東野圭吾さんの「秘密」を読んだ感想で脳の作りに触れた。

勉強において同じ問題が理解できるかどうかに個人差があるのは、脳の構造に個人差があるためだ。

脳の構造は遺伝的に決まる部分があるのだから、結局勉強の出来不出来も遺伝による影響が大きいことになる(義務教育レベルなら努力でどうにでもなると思うが)。

「秘密」についての記事を書いたとき遺伝や遺伝子に基づく才能に焦点を当てた本作を思い出した。

舞台は雪山、白銀ジャックを思い出す。

WOWOでドラマ化もされたようですね。

―あらすじ―

往年のトップスキーヤー緋田宏昌は、妻の死を機に驚くべきことを知る。一人娘の風美は彼の実の娘ではなかったのだ。苦悩しつつも愛情を注いだ娘は、彼をも凌ぐスキーヤーに成長した。そんな二人の前に才能と遺伝子の関係を研究する科学者が現れる。彼への協力を拒みつつ、娘の出生の秘密を探ろうとする緋田。そんな中、風美の大会出場を妨害する脅迫者が現れる―。(本書より引用)

―著者―

東野 圭吾(ひがしの けいご)

1958年大阪生まれ。大阪府立大学電気工学科卒。エンジニアとして勤務しながら’85年『放課後』で第31回江戸川乱歩賞受賞。’99年『秘密』で第52回日本推理作家協会賞受賞。2006年『容疑者Xの献身』で第134回直木賞、第6回本格ミステリ大賞を受賞(本書より引用)

―全体を通して―

~自分の生き方は自分で決める~

スポーツ選手はスポーツが身体を使うモノであるが故に才能が与える影響は大きいと思う。

本書でも述べられているが、100m走で外国選手に9秒代が出せて日本人選手に出せないのは身体能力の差が大きいだろう。

この身体能力の差は遺伝子の影響があることは間違いない。

本書ではこの遺伝的により決まる、バランス感覚や筋肉のつき方といった身体能力を才能といっている。

才能と遺伝子の関係を研究する科学者柚木が以下のように述べている。

五十の努力しかしない者が、才能だけで百の努力をする者に勝てるわけではありません。だけど皆が百の努力をしたなら、結局は才能が勝負を分けるということになりませんか(本書より引用)

正論だと思う。

私も努力するなら才能がある人がやればいいと感じる。

しかし、本書ではクロスカントリーという競技種目に才能を見いだされながらも音楽への夢を捨てきれない鳥越伸吾という人物が登場する。

クロスカントリーとは雪の積もった地面を歩いて、その速度を競う競技らしい。

本書で彼は結局自分の才能を捨て、音楽の道を歩むことになる。

周囲の大人は、最初は嫌いでも訓練を積む課程で他の人よりもよい結果を残すことでだんだんと好きになってくるのではないかと予想して伸吾にクロスカントリーの練習をさせる。

私も大人たちの意見に同意だ。

他の人よりもうまくできることを経験すると楽しくなってもっとやりたくなるだろうと思う。

しかし、本書では夢があるのに才能があるからと言って本人がやりたいことをやらせないのは一種の人格否定ではないかという議論から伸吾に音楽の道を選ぶことを認めている。

私は惜しいことをするなと思った。

年を取って伸吾は後悔するのではないだろうか。

自分が伸吾の親なら好きなことをさせた上でクロスカントリーを続けさせるだろう。

本記事では特に親の行動を糾弾したい。

伸吾の親の行動によって、伸吾はクロスカントリーを辞めるという道を半ば強制的に選ばされる。

子供に好きなことをやらせたいという親の気持ちも分からなくはないが、本当に子供のことを思うのならば他にも方法はあっただろうにな、と思う。

他にも才能はないが夢を追う少年も描かれている。

結局自分の幸せは自分で決めるべきで才能があることよりも、やりたいことを楽しんでやるという選択肢を取ることは決して間違いではないのだ。

…といいますが本音はやっぱり才能があることをやった方がいいと思う。才能あることに取り組んだ方が、成果が出るので絶対楽しくなると思うし、将来の生活も才能のないことをやるよりずっと楽だと思う。人間適材適所という考えは捨てきれない。

私みたいに年を取ってしまうと性格も固まっているので、性格的な向き不向きも出てきてしまうが若いときから取り組む分にはいくらでも適応できるはずだ。

adege / Pixabay

―感想-

~妻の自殺の動機が分かりにくい~

本書では序盤に宏昌の娘・風見が幼い頃に主人公の妻が自殺する。

理由は後半明らかになるのだが、最初は本当に死ぬほどのことだったのだろうかと思ってしまった。

夫に正直に全てを話して生きていくという方法もあったのではないだろうか。

しかし、よくよく考えると夫に正直に話すと夫である宏昌は正義感が強い人なので本来の親に返そうということになるだろう。

妻は夫が娘をかわいがる姿を見て、自分が死ねば真相は闇の中に消える・夫は自分の子供を愛し続けることができると思っていたのではないだろうか。

あらすじでは描かれていないがこの事件には妻の友人も関係している。友人の意思を継ぐという意味でも夫に言い出せなかったのかもしれない。

つまり妻は夫と友人を思うがあまりに自殺を選んだという事も考えられる。

とはいえ少し強引な気がする。それならば動機を補強するエピソードがもっとあってもいい気がする。

動機に深い意味を持たせる東野圭吾さんの作品としては、少し動機が弱いのではないだろうか。

~犯人の行動原理が不可思議~

犯人の行動原理が不可思議だ。

リスクを全く考えていない。

そもそも犯行に使う装置を組み立てていれば誰かが気付くと思う。

―まとめ―

動機や犯人の行動原理に違和感がある。

そこが納得できればおもしろい本だと思う。

正直、緋田の親子関係の真相とそれを解明する過程の方がおもしろかった。

個人的には鳥越伸吾をもう少し終盤の内容に絡めて欲しかった。

才能とやりたいことと。どちらを選ぶかはその人次第ということを考えさせてくれる本。

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