将棋の子/大崎善生を読んで~何かに打ち込んできたことは誇りになる~

―手に取った理由―

大崎善生さんの本は「聖の青春」しか読んでいなかったので、他の本も読んでみようと思いました。

―あらすじー

奨励会……。そこは将棋の天才少年たちがプロ棋士を目指して、しのぎを削る”トラの穴”だ。しかし大多数はわずか一手の差で、青春のすべてをかけた夢が叶わず退会していく。途方もない挫折の先に待ちかまえている厳しく非情な生活を、優しく温かく見守る感動の1冊。第23回講談社ノンフィクション賞受賞作

夢破れて奨励会を退会した、成田英二。

大崎は成田に11年ぶりに会うために故郷の北海道へ向かう。

その過程で多くの夢破れた男たちについて思い出していく。

―著者―

大崎善生 (おおさき よしお)

1957年、北海道札幌市生まれ。82年、日本将棋連盟に入り、91年から10年間にわたって「将棋世界」編集長。2001年2月、退職してフリーの作家活動に入る。デビュー作『聖の青春』(講談社刊)で第13回新潮学芸賞を受賞。

―全体を通して―

~何かに打ち込んできたことは誇りになる~

将棋の世界でプロになるのは本当に難しい。

4段となってプロになることができるのは年に4人だけである。

しかも、26歳までにプロになれなければ年齢規定で退会となる。

その枠の少なさや年齢制限が相まって偶然としか言いようのないドラマが生まれる。

奨励会3段リーグに10年間所属することができたとしても40人分しか枠がない。

その少ない枠を、地元で天才と呼ばれた人たちが集い、しのぎを削る。

地元の天才も奨励会ではただの人となる。

少年たちの多くはその壁の高さに挫折を経験しながら立ち向かう。

厳しい世界だと思う。

勉強の世界なら日本でトップの東大に入るのは年に3000人だ。

プロ野球の世界でもドラフトで各球団6人程度指名するそうなので年間60人以上はプロになれる。

将棋で食っていくのは本当に難しい。

本書は夢破れた男たちのその後を描く物語だ。

幼い頃から将棋一筋で懸命に頑張ってきた人にとってプロになれないというのは絶望だろう。

多くの人が社会人となって働く26歳まで、将棋以外何もやっていなかったのだからその後の社会人としての人生は苦労の連続だろう。

その中を皆逞しく生きていく。

皆、将棋を志して、将棋で勝てなくて夢破れる。

将棋が好きで、将棋で勝って、みんなに褒められ、そして奨励会に入って勝てなくて夢破れる。

将棋が強いというのは一種の才能だけれど、才能があることが本人の幸せだったのだろうか思わされる。

中途半端な才能があるから将棋の道に進み、社会に出て苦労する。

才能なんてなければ人並みに勉強して、遊んで、働いて、人並みの幸せを手に入れることができたかもしれない。

成田のセリフがある。

将棋がね、今でも自分に自信を与えてくれているんだ。こっち、もう15年も将棋指していないけど、でもそれを子供のころから夢中になってやって、大人にもほとんど負けなくて、それがね、そのことがね、自分に自信をくれているんだ。こっちお金もないし仕事もないし。家族もいない。今はなんにもないけれど、でも将棋が強かった。それはね、きっと誰にも簡単には負けないくらいに強かった。そうでしょう?(本書より引用)

今も将棋が自分に自信を与えてくれている。自分の支えとなっている。(本書より引用)

色々な人生を歩む人がいるのだろうが、少なくとも成田にとって将棋は自分の人生の一部であり誇りとなっている。

本書で描かれている他の人たちも将棋に関わり、将棋に何かを与えられている。

何かに一生懸命取り組んだことのある人は他のことでも一生懸命になれると思う。

そして一生懸命に取り組む人は必ず何らかの形で報われると信じている。

成田の母親だって、報われたと思う。

成田の母親は傍から見れば不幸に見えるかもしれないが、本人にとっては報われた人生になっていると信じている。

元奨励会員の皆様が報われることを祈っている。

―感想―

~中学生プロは凄い~

中学生でプロになる人は本当にすごいと思う。

大抵の人間は早くても高校を出てから働き始める。

でも、すぐに成果は出なくて何年も勤めてようやく一人前になり成果を出せる。

今話題になっている藤井聡太さんもすごいと思う。

中学生で大人にまじって戦って、しかも既に成果を出している。

凄いというよりもはや異常だと感じる。

羽生さんも中学生でプロになったらしい。

年齢や経験の差を覆すことのできる将棋の世界は夢がある。

同時に実力しか頼るものがない厳しい世界なのだなと感じた。

ちなみに私の通っていた将棋道場の子が奨励会員としてプロに挑戦している。

既に中学生ではないが、プロになってくれることを願うばかりだ。

~聖の青春で描かれた加藤と聖の話~

聖の青春で客観的に描かれていたエピソードが本作では加藤目線で描かれている。

~プロであることの責任の重さ~

これだけ多くの人の夢を喰らってプロになった人の重圧は凄まじいものではないだろうか。

プロになることは将棋で飯を食っていけるということ、将棋を堂々と続けられるということがあるが、同時に夢破れた人たちの想いも背負っているのだろう。

~成田の自分を貫くことへのひたむきさ~

いや、絶対にまねだ。こっち、自分だけの考えで、自分だけの将棋をさしたかった。それで勝てなかったとしてもしかたないと思っている。才能がなかったということだっぺさ

自分を変えることも才能であれば、自分を変えないことも才能だろう。

しかし、自分を変える努力をしていれば、あるいは…と思うと、もったいないと思ってしまう。

「もしかしたら」は通用しないのは分かっているし、自分の人生をどう生きるかはその人次第だ。

文句は言えない。

―まとめ―

同郷の元奨励会員の成田に会うために北海道に向かう大崎。

同時に今まで夢破れて奨励会を去った元会員たちを思い出す。

成田との再会を通じて将棋の存在の大きさに改めて気づかされる。

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